白夜回想  その三                         

彼らフリーク達の収入源は、彼らが「クソ」と呼ぶ、ハッシシである。
主だった者は、この「クソ」を仕入れるために、アフガニスタンまで
出かけていった。アフガンには「アフガンブラック」と呼ばれる良質
の物があった。アフガン国内ではこの手の物は禁止されてはおらず
むしろ政府の専売になっていた。もちろん国外に持ち出す事は禁じ
られていたが、大口の客には、密輸のための細工をサービスする
という裏があった。
仕入れて来た物は、剃刀で丁寧に10gづつに小分けされ、仲間の
手でさばかれた。この小分けの時に出るくずが自分達の分として
振る舞われた。当然私もほとんど毎日のように、この「おこぼれ」
にあづかった。しばらくすると、私は吸い方にも慣れ、「トリップ」を
楽しむようになっていた。回されて来たものを胸いっぱいに吸い込
むと、やがて私の身体は、ゆっくりと宙に浮かび上がった。私は、
仲間達の上空をゆっくりと飛翔しながら、かつて味わった事の無い
不思議な開放感にひたっていた。

田舎への旅に誘われたのは、タージマハルトラベラーズの演奏も
一段落した頃であった。
タージマハルの宿舎のオーナー、(彼女は近代美術館の職員でも
あったのだが)に誘われたのである。安い中古のワーゲンバスを
購入しての気ままな旅だという。彼女の一人娘マリカも同行する。
運転はオーナー女史の恋人である。
ロングヘアーの東洋人ヒッピー数人と、公務員女史と、子供一人
を含む奇妙な集団は、さしたる違和感も無く、一台の小型バスに
乗り込んだ。

スウェーデンの田舎は、子供の頃に絵本で見たヘンデルとグレー
テルの世界であった。森と湖と、その中にたたずむお菓子の家は、
ここでは、御伽噺ではなく、現実の生活そのものであった。夕暮れ
の森の巨木の陰には、大きな角を持つ、牛ほどもある生き物が、
じっとこちらを見つめている。物音ひとつしないこの光景は幻覚
ではなく、確かな現実であった。
私は現実かのような幻覚の世界と、幻覚のような現実の世界の
狭間に立たされて、心地良い戸惑いを感じていた。

                               つづく





    写真  上    タージマハルトラベラーズの演奏風景
         中上  おんぼろのワーゲンバスとマリカ
         中下  田舎の風景
         下    マリカ、田舎家にて。



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